それがたとえ自分でも

前に手に入れた資料を引っ張り出して、
もう一回読もうとしたらおそろしいものを発見。



ギャッ。




どうやら、これを書いたのは今年の7月ぐらいのことの様子。
大変だったのね。。。状況変わってないけど(涙)。


この資料を読むのは、私しかいないのだが(私物だから)、
たとえこれを読むのが未来の自分であったとしても
「【今の自分ではない誰か】に、わかってほしい」
という思いがあったんだろうなあ。
うけとったぞー。
がんばろう。


とりあえず、開くたびにギャッとなるのは嫌なので、
書き換えておいた。

がんばれ、おうえんしてる!



こういうことをするのって、たぶん私は【自分】の連続性を
信じていないからでもあるんだなー、と思ったりしました、はい。