もうやめる


あれ、何か暗く写ってしまった。
パソコンの上にカエルのぬいぐるみを置いている。
左上のアイコンをクリックするとき、左上をマウスで移動しているとき、
触っているみたいで気持ちがよい。


昨日、半年ぶりくらいに料理教室に行った。
行ったら、なんか、ものっ凄い嫌な気分になった。
なんちゅーか、もうここは私のいる場所ではないな、と。
がっかりしたというか。
私が行っている料理教室は、付けている衣装(学歴とか旦那の職業とか)で全部判断されるのです。
みんな、「もので人生は満たされる」ことになっている。
そりゃ、ものは大事たよ。
ものがなかったら生きていけない。
でも、ものがあるから幸せなんじゃないし。


豊かにさせたいもの、何を味わいたいか、ということが、その教室の考え方と私は全く違うものになってしまった。
上っ面で話すことに物凄い疲労を覚えるし、それを素知らぬふりして仕事でもないのに合わせることに、喜びを感じられない。
色々理由を言って正当化しようとしているが、
もう無理
私が、合わなくなってしまった
変わったのは私の方だ。
すいません、みたいな。
でも分かって良かったな。
昨日、「やめたいんです」って言った時、引きとめられてむにゃむにゃ、みたいな感じで継続っぽくなったのだが、
ずーっともやもやしていて、「私のせいじゃないのに」という、私のせいだし、自分で何とかできるということを一番強く教えてくれる感覚がやってきて(笑)、決心できた。
よかったよかった。
もやもやしたまま、続けたりしなくて良かった。
嫌いになりたくないから、別れたい、みたいな。
離婚かよ/笑。
でも、何かから離れていく時って、どんなに些細なものであっても、何かしらの形で痛みは伴うよな、と思う。
そこが痛むことを、ちゃんと知って、「痛いよね、痛かったよね」と自分の感じているもの、自分自身を投げ出さず一緒にいることが大切だなと思う。
私が荒療治気味なのは、痛みと積極的に共にいることの方が治りが早い、みたいなことに気がついたからかもしれない。
だからって、進んで怪我をしに行こうとしているわけじゃ全然なくて、
腕が痛い、でも怖いから腕を見ないでないことにしていたら、傷が深かったら腕自体壊死する
みたいなやり方はもうやめて、何のせいで痛いのか、傷だったらどうするか、という対処の仕方に変えたのだった。
というわけで、さよなら料理教室。
明日か明後日、解約に行くか。





手ぶれでハート型の形に写った昨日の満月。
いいことあるぞ♪